世界史の糸

レオナルドやエジソンにはなれないけれど

ジェネラリストでもスペシャリストでもない、一教師の試行錯誤の記録。旧ブログ名:世界史の糸から改題しました。

紹介:Marsh, C., U.S. Founding Documents 続き

Marsh, C., U.S. Founding Documents: The Declaration of Independence, U.S. Constitution, and Bill of Rights(Gallopade, 2018)
  •  先週紹介したアメリカの歴史教育、特にDBQ(Document Based Question)における副教材の続き。なおDBQでどのような教育が行われるのかは、前回の記事を参照のこと。
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    内容構成
    •  まずは目次を以下に示す。
    • Table of Contents
      • DECLARATION OF INDEPENDENCE
        • Early Independence
        • Sons of Liberty & The Boston Tea Party
        • The Boston Massacre
        • Loyalists, Neutralists, & Patriots
        • “Paying the Excise-Man”
        • “Join, or Die”
        • Authors of the Declaration
        • Structure of the Declaration
        • Key PhilosophyList of Complaints
        • Created Equal?
        • Influence of the Declaration
      • THE UNITED STATES CONSTITUTION
        • Constitutional Correspondence
        • Articles of Confederation
        • The Great Compromise
        • Federalists v. Antifederalists
        • Article I
        • Purpose of the Constitution
        • The Preamble
        • Separation of Powers
        • Slavery and Compromise
        • Bill of Rights Quotations
        • Amending the Constitution
        • A Living Constitution
      • THE BILL OF RIGHTS
        • The First Amendment
        • Father of the Bill of Rights
        • Rights and Limitations
        • March on Washington
        • The Second Amendment
        • The Third Amendment
        • The Fourth Amendment
        • The Fifth Amendment
        • The Sixth Amendment
        • The Seventh Amendment
        • The Eighth Amendment
        • Ninth & Tenth Amendments
    •  目次を見てもらえばわかるとおり、独立宣言と合衆国憲法、合衆国憲法人権保障規定という三つの歴史的史料に対して、その形成過程と構成内容を、いくつかの小問に取り組みながら毎回学んでいくことになる。章末にはエッセイの課題が設けられ、積み上げ式の内容構成となっている。
    •  掲載されている資料は多くが文書資料で、画像史料は少なめ。若干のグラフィックオーガナイザー(シンキングツー)あり。日本の教材に比べると少しそっけなく思えるが、その分文書史料のインパクトは強い。
     
    問について
    •  問の立て方がなかなか興味深い。例えばボストン茶会事件に関するユニットでは、二次資料の文献引用とともに、4つの問が設けられている。
      • 1:自由の息子たちthe Sons of Libertyの本来の目的は何か
      • 2:自由の息子たちがブリテン政府に反対するために用いた手段は何か、そのうちもっとも効果的だったのは何か
      • 3:ボストン茶会事件を、ブリテン政府の視点から描写しなさい。
      • 4:ボストン茶会事件と高圧的諸法the Coercive Actsの関係性を説明せよ。あなたの答えを担保するのは資料中のどの文か答えよ。
    •  このユニットの問は、「歴史家のように考える」という授業形態を取り入れ始めている日本の教育にも参考になるところが多い。生徒には原則として文章での回答が求められること、価値判断(比重付け)が求められること、別視点での考察が求められること、傍証が求められることなどである。
    •  そしてこれらの作業を行うためには、長文の史料/資料であることが基本的に望ましい(というかそうでないとできないことが多い)、ということになるのであろう。日本との大きな違いは、この文書史料/資料の比重の大きさひとつとっても明らかである。
    •  日本でも模試などでたまに長めの史料/資料が出るが、普段の授業でそれらを読むことに対応できていないのではないか。この点は単に出題形式の問題にとどまるものではなく、どういった能力を伸ばすのか、という教育姿勢の根幹にかかわる問題につながっているであろう。「暗記型」か、「思考型」か、という二項対立が頭に浮かぶ。アメリカでも「暗記型」「思考型」いずれの立場に立つかは議論があるようだが、この副教材からはやはり後者のほうに大きな比重が置かれている印象を受ける。
     
    歴史総合と日本史・世界史探究を見据えて
    •  教育現場には歴史総合の教科書見本が届いてきている。従来の教科書に比べれば、収録されている問は面白く、考えさせるものも多い。しかしながらそれらの問いがどれほどa big pictureに関連しているか(近代化・大衆化・グローバル化など)、投げっぱなしになっていないか、これから実践を通じて精査が必要であろう。
    •  印象論であるが、歴史総合に収録されている問は、個々で見ると面白いものも多いが、総じて小粒か、もしくは他の事象との連関性の低い独立した問いであるような印象を受ける。そのほうが生徒が取り組みやすいのかもしれないが、最終的にa big pictureにいかに連結していくのか、授業者としても工夫が求められるだろう。また歴史総合から日本史探究・世界史探究への接続、連続性は強く意識されるべきであろう。従来の日本史B・世界史Bが名前を変えただけとなってしまっては、結局のところ従来の「暗記型」に終始しかねず、歴史総合での学びが全く活かされないことも考えられる。
     
    歴史教育によって身につける能力とは
    •  なおアメリカの歴史教育においても、DBQの目指す学力・能力がそう簡単に身につくものとは考えていないようである。本副教材の前書き部分には、DBQで身に着けるスキルとは「Life long Achivement」とされている。生涯を通じて用いる能力、もしくは生涯をかけて身につけるべき能力と私は解釈したが、これは「問い」や「資料の読み解き」を重視する歴史総合にも当てはまることではないだろうか。生徒にも教師にも、長い視野で学びに取り組む姿勢が求められているように思われる。