世界史の糸

レオナルドやエジソンにはなれないけれど

ジェネラリストでもスペシャリストでもない、一教師の試行錯誤の記録。旧ブログ名:世界史の糸から改題しました。

紹介:マグナ=カルタは授業でどのように扱われるか

 マグナ=カルタが授業でいかに扱われているか、日米で比較をしようと以前から考えていた。非常に有名な史料であり、日本における実践報告はいくつかあるだろうと踏んでいたのだが、調べてみるとほとんど見つからなかった。よって今回は瀧和哉の実践*1と、世界史史料研究会による『史料問題集』*2アメリカ教科書における教師用指導書*3(以前の記事で言及)についてメモしておきたい。

 

  • マグナ=カルタの引用と教授・作業内容

 瀧実践においてマグナ=カルタは12条および39条が引用されており、教授・作業内容としては、マグナ=カルタの成立過程が享受された後「Q マグナ=カルタに何が書かれているのか?12条・39条を読んで分かりやすく簡潔にまとめてみよう!」と問が投げかけられる。その後イギリス議会の形成過程とフランス三部会の成立背景とその仕組みの解説へと続く。まとめとして、「『法の支配』や『立憲主義』という考えは、今この世の中で機能しているのだろうか?」という問によって、現代情勢を法の支配、立憲主義という観点から考察させている。

 

 『史料問題集』において引用されているのは第1条と第12条である。設問は以下の通り。

問1 ここにいう「王国の全体の協議によるのでなければ」とある協議会は,当時つぎのうちのどれをさしていたのか。記号で答えよ。

イ:議会(貴族院庶民院)  ロ:聖職者会議  ハ:地方代表者会議 二:直接封臣(聖俗の貴族)会議  ホ:賢人会議

問2この文書制定当時の王朝名を記しなさい。

問3 この文書制定当時の王名を記しなさい。

問4 この文書を無視して貴族の反抗を招いた次のイギリス王は誰か。

問5 問4の王の専制に対し1258年に反乱し,州騎士と市民代表参加の諮問議会を王に認めさせたのは誰か。

問6 本文中の「朕の特権状」とは普通何とよばれているか。(東京女子大・神戸市外大改)

 

 アメリカ教科書においては、引用されているマグナ=カルタの条文は2条・12条・14条・39条・および40条である。「史料の分析」として3問の問題が設けられており、それぞれ以下のようになっている。

史料分析Analyzing the Document:上記の抜粋を参考にして、以下の問いに答えよ。
  1. 第2条に記載された権利を、王は ― に認めている。
  1. 後継者のいる自由人たちのみ
  2. 王の後継者たち
  3. これ以降、すべての自由人及び彼らの後継者たちに
  4. イングランドに現存するすべての自由人
  1. 第14条は、王は新税を定めるまえに、諸侯らの集会(封建的集会)に諮らねばならないと定めている。この条項はそれに加えて王に ― を禁じている。
  1. 事前の通達なしの集会、もしくは直前の通達による集会
  2. 税に関する法律を制定するために一般評議会を招集すること
  3. 集会を招集する前に、一般評議会に相談すること
  4. 州長官や郡代を招集すること。
  1. C.T. Making Inferences
第40カ条は、当時の王権の腐敗についてどのようなことを示唆しているか。
 

以上の部分は教科書に実際に掲載されている部分であるが、教員向けの補足として、「活動 史料解釈」と題して追化の学習作業が示唆されている。具体的には以下の題目によるクラスディスカッションである。「貴族たちは、貴族たちの会議が開かれる40日前に王は通達を出さねばならないことを定めた。あなたはなぜこのようなことが定められたと考えるか?」

 

  • コメント

 マグナ=カルタをいかに授業で用いるか。一つは思想史的系譜へ位置付けることが考えられる。すなわちマグナ=カルタを「法の支配」「立憲主義」の源泉として位置づけ、その重要性を理解させるものである。もう一つは当時の政治・法・社会をマグナ=カルタを通じて具体的に読み取ることである。前者は瀧実践、後者は『史料問題集』及びアメリカ教科書により強く該当していると考えられる。また後者に関しては、大学入試の問題を採録している『史料問題集』は固有名詞の同定作業に集中している=暗記力を要求する一方で、アメリカ教科書は史料を読み取る・史料をもとに推測することを要求している。

 系譜への位置づけ、史料を通じた時代の読み取り、いずれも授業においてはぜひ実践をしていく必要のあるものである。ただしその実践の方法に関しては、さまざまに乗り越えなければならない課題がある。『史料問題集』やアメリカ教科書に見られるように、史料の読み取り作業に関しては、大学入試との兼ね合いを考えざるを得ない。すなわち『史料問題集』のように固有名詞の同定作業の要素を強めると、一問一答のドリルと大差ない状態にならないだろうか(それでも史料を実際によみ、既存の知識の活用という知的活動を伴うだけはるかに良いとは思うのだが)。一方でアメリカ教科書のように答えが簡単にはでない問に対し、解釈や推測を重ねていくことは、きわめて重要ではあるが生徒にとっては大学受験とほとんど関連のない活動であり、抵抗感のある生徒も少なくない(特に高校3年生にとっては)。

 系譜への位置づけに関しても課題はある。ある複数の現象において、それらが歴史的連関性をもち系譜として位置づけうるとして、それをいかに生徒に作業をさせ、理解させるか?教員が「これはのちの○○に繋がる…」と言うだけでは、それは単なる暗記対象となってしまうであろう。過去の出来事がその後の時代につながっていることを生徒に実感させるためには、どのような教授方法や作業が有効なのだろうか?

 

 最後に付言しておくと、瀧実践の特色はそのタイトルにもあるとおり、「比較」を通じて歴史への理解を深めることにある。しかし具体的な比較の手立てはいかに指導されているのだろうか。瀧実践に掲載されている生徒の感想を見ると、「マグナ=カルタが弱いものを守る感じがしてすごいと思った」「授業を聞いて、イギリスでは千年ぐらい前から、市民が政治に参加していると知った」といったマグナ=カルタに対するアナクロニズムに陥っている生徒がいるように感じる。過去の歴史的事象を現代と比較するという行為は、一般によく行われることであろうから、「比較」という手法が歴史教育においていかに位置づけられるか考察する価値はあると思う。歴史的事象の固有性をきちんと踏まえつつ、より深い思考を生徒に促すために、どのような方法論が取られるべきだろうか?

*1: 瀧和哉、「現代との比較で捉える世界史 : マグナ=カルタを例に」、『世界史教育研究 3号』、2016年、77-82頁

*2: 世界史史料研究会編、『世界史史料問題集 改訂版』、山川出版社、1990年、51-2頁

*3:Ellis, E. G., Esler, A., World History Connections to Today Teacher's Edition(Prentice Hall,1999), p. 1003