世界史の糸

レオナルドやエジソンにはなれないけれど

ジェネラリストでもスペシャリストでもない、一教師の試行錯誤の記録。旧ブログ名:世界史の糸から改題しました。

紹介:バルーン・ディベートー議論を促す工夫

 
 
以前紹介したタールの歴史授業アイデア集の、各章の興味深い部分をピックアップしていく。
 
  • Tarr, R., A History Teaching Toolbox: Practical Classroom Strategies( Createspace Independent Pub,2016)
  • Tarr, R., A History Teaching Toolbox: Volume Two: Even More Practical Classroom Strategies( Createspace Independent Pub,2018)
 
第1巻 第2章 Debate and Discussion Strategies
 
第2章からは、バルーン・ディベートBalloon Debateと題された手法を取り上げる。
 
 
バルーン・ディベート
歴史的人物たちがのっている気球が、このままでは高度が足りず山に激突するというシチュエーションが与えられている。歴史的重要性に鑑みて誰が気球に残り降りるべきかをディベートし決定せよ、という活動。
活動の流れは以下の通り。
 
1 生徒個々人による歴史的人物の研究とプレゼンテーションの準備
 *歴史的重要性の定義
  長期的短期的にインパクトを与えているか
  多くの人々に対してインパクトを与えているか
  多くの国々に対してインパクトを与えているか
  いかなる分野においてインパクトを与えているか
2   ポジティブな面の議論
3 ネガティブな面の議論
4 最終結論と執筆
 
 シチュエーションを設定することによって生徒は議論に積極的に参入してくるようになる。小学校ような活動だなと一瞬思ってしまうが、過去に授業中において議論を行おうとしても生徒が全く発言せずサイレントディスカッションになってしまった経験を持つ身としては、こうしたシチュエーションの設定という重要性を強く感じている。ディスカッションだけでなくワークシートなどにおいても私はテレビ番組やゲーム作成などといったシチュエーションを設けることが多くなった。
 生徒にとって、実際に将来的に歴史にふれる機会としては、そういったテレビやゲームがおそらく多数となる。テレビ、ゲームなどの業界に関心を持っている生徒も少なくない。また近年の生徒は随分とこうした議論一般の活動に対してスレていたり、 無関心である場合が多いが、そういった生徒も歴史の題材が取り上げられたゲームなどの話題を通して、議論が活発化することも多い。もちろんその場合、議論の内容は必ずしもこちらの要望通りではないこともあるが、少なくとも全く話し合いにならないよりはマシであろう。
 ところで、歴史的事象や歴史的人物を用いたディスカッション・ディベートが盛り上がらない理由は、自分達とは関係がないと生徒が判断してしまうことが一因だと考えられる。そのため話し合いが低迷に終わるのではないかと思われるが、テレビ番組制作やゲームの内容を考えるなど、自分たちの生活に即したものに引き付けてあげることで、意外なくらいに生徒は盛り上がる。シチュエーション設定をすることにより議論の活発化を図ることは合理的だと思う。
 
 このバルーンディスカッションで面白いところは歴史的人物の重要性の定義をきちんと示しているところである。表を作成させ、こうした重要性を整理するとともに、諸々のシンキングツールを使って個々人が意見考えを整理するとさらにディスカッションが進みやすくなるだろう。ディスカッションでよく陥りがちなのは、生徒たちが何から話せばいいのかわからずに時間が過ぎてしまうといったことであるが、シンキングツールなどを使っていると、とりあえずシンキングツールに書いたことを説明するというだけでも議論の出発点になるため非常に助かる。
 問題点としては、毎回指摘されることではあるが、日本の世界史教育は「広く浅く」であるため、複数の歴史人物の情報が同程度扱われるということが少ない上に、同時代・同事件の歴史的人物が一人しか扱われないということもある。そのため例えばムガル帝国の諸王など、かなり長いタイムスパンで人物の選定を行う必要があるであろう。もしくはそういった時代や地域の限定をせずに、あえて全く異なる時代地域の人物を取り上げるのも面白いかもしれない。