世界史の糸

レオナルドやエジソンにはなれないけれど

ジェネラリストでもスペシャリストでもない、一教師の試行錯誤の記録。旧ブログ名:世界史の糸から改題しました。

教材:ヨーロッパ中世封建制

  •  『「私どもは、明日、故郷へ帰らせていただきます。」ジャンはびっくり仰天した…怒りを含んだ声で、彼は尋ねた。「なぜじゃ。」ギヨームは、しずかにこたえた。「わたくしが、あなたの臣下となりましたとき、あなたにしたがって戦いにでるのは、一年に 四十日かぎりと、お約束もうしあげたはずでございます。今日が、ちょうどその四十日目。わたくしの義務は、今年はもう、これで、はたしおわりました」かわってアンリは、きのどくそうな顔をしてジャンにいった。「秋がきましたので、故郷へかえって、村人どもの刈りいれを監督しなければなりませぬ。自分の村のことが、いそがしくて、とてもこれ以上、あなたの戦争につきあっているわけにはいきませぬ。」「ではごめん。」ふたりは、ジャンのとめる声もきかず、馬にまたがり、一むちくれると、ゆたかな畑や林をかけのけて、さっさと、それぞれの方向へはしりさっていった。「ううむ、無念!」うなったジャンは、それでは、とおもいなおした。「ギヨームと、アンリの臣下たち。そうだ、かれらを、自分が直接に指揮してたたかおう。」しかし、この考えを知ったギヨームとアンリの臣下たちは、ロぐちにさけんだ。「われらは、ギヨームさまの臣下でございます。ギヨームさまが、あなたさまの臣下であっても、これは、われらになんの関係もないこと、あなたさまは、われらの主君ではございませぬ。」「主君アンリさまが、故郷へかえられたのであれば、われらも、主君にしたがって故郷へかえります。あなたさまの命令をきかねばならぬおぼえは、ありませぬ。」ギョームとアンリの臣下たちは、戦いをやめ、戦場をはなれて散っていった。ジャンはじだんだふみ、…すごすごと故郷に帰らねばならなかった。』出典:アシール・リュシェール,アルベール・ル・ノルデ、『少年少女世界の歴史〈3〉中世騎士の時代/ジャンヌ・ダルク』、あかね書房、1982年,33-35p
 
  •  だいぶ古い本からの引用であるが、中世ヨーロッパにおける封建制度の様子を、よく表現している。君主と臣下の契約関係、地元領地における領主としての顔、陪審に対する命令権などを、物語形式でわかりやすく示している。現在、こうした子供向けの歴史の本はマンガや伝記が多くを占めているようだが、この「少年少女世界の歴史」シリーズは、ヘロドトス司馬遷などの古代の歴史家から、近現代の歴史家に至るまでの著作を子供向けにやさしく翻訳・縮約したものであり、その点特異な地位を占めている。むろん現在の研究水準からすればその内容に異論はあろうが、なによりも読みやすさ、とっつきやすさに関しては並ぶものがない。図書館にはきっと所蔵があると思うので、ぜひ一度ご覧いただきたい。
  •  かねてから考えていることであるが、一時間通してこうした読み物を読むという授業があってもいいのではないかと思う。というよりも、教員が話し、書くという形式である限り、伝えられる情報量は絶対的に限られるのであり、結果、生徒の歴史理解はいわば図式的・箇条書き的なものになる。世界史教育は教養・読書・倫理などの多面的要素を備えたものであり、この読書という面に注目すれば、一時間の授業のほとんどを、歴史書を読むということに充てるという授業があってもいいはずである。一冊の歴史書を読むことは、生徒にとってとても豊かな経験になるのではないか。なんとか実践できないものかと頭をひねっているところである。似たような実践をしている人がいたら、ぜひ情報をいただきたい。