世界史の糸

レオナルドやエジソンにはなれないけれど

ジェネラリストでもスペシャリストでもない、一教師の試行錯誤の記録。旧ブログ名:世界史の糸から改題しました。

授業に関する近況、雑感4 文学作品の活用に関する先行研究

 文学作品は歴史授業においてどのように取り扱われてきたのか、そしてそれを踏まえて、どのように文学作品を活用していくべきかを考えることは、私の最近の研究テーマの一つである。
 現在、高等学校で行われている歴史授業が無味乾燥で暗記偏重に陥っていることはほぼ共通認識となっている。文学作品の活用は、年表を文章にしただけとも揶揄される教科書では不可能である、過去の歴史の豊かなイメージを提供しうるだろう。歴史離れ、さらには読書離れの加速する現在において、文学作品を読み、歴史を考えることは決して小さくない意義を持つと考える。文学作品はフィクションであり、授業に用いることによる、歴史的事実との混同を危惧する意見もあるだろうが、その点はまた別の機会に考えたい。
 今回は文学作品がいかに取り扱われてきたか、現段階での調査結果をごく簡単にまとめておく。またこれまでの自分の実践も踏まえて、歴史授業における文学作品の活用の問題点も列挙し、今後の課題としていきたい。なお調査文献は歴史授業に関するものに限らず、文学作品を主に用いて著作を構成しているものは参考になると考え、調査対象とした。
 

1:文学作品の取り扱いの類型

 先行する著作・授業実践において、文学作品の扱い方は大きく二つに分けられる。まず、叙述や教授内容の傍証・例示としての利用が挙げられる(参考文献1, 3, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 14)。文学作品の一部分を引用し、それを読むことによって理解が進むように構成されるケースがほとんどである。もう一つの扱い方はレポート作成であり、いくつかの実践報告がある(参考文献4,13.)。長期休業中などを利用して作品を通読し、生徒自身が考察・記述をおこなう形を取る。
 

2:文学作品の活用の問題点

 私自身の実体験・実践も踏まえて、特に世界史の授業において文学作品を活用する際に直面する問題を列挙する。
  1. 文学作品の文章が難解であったり、当時の時代背景の理解を前提としていたりといった理由で、生徒がなかなか理解できない。最初から活字を読む意欲・関心がない生徒も多く、先行研究においてそれほど難解でないとされる作品も、こういった生徒に読ませるのは困難である。
  2. 地域や時代によっては適当な文学作品が見つかりにくく、また絶版の作品が多い。図書館にも入っていない作品となると、特にレポートを課す場合においては生徒が作品を入手できない。
  3. 世界史Bにおけるレポートの場合、文学作品の選択肢を多く確保するため3年生の夏休みごろに設定したいところであるが、受験勉強のため生徒が取り組みにくい。
  4. 授業中に文学作品を取り扱う場合、先行研究の実践報告では全文を事前に読ませてから授業に望ませるという事例が多いが、ここでは前述1~3の問題が絡み、生徒が読んでこない可能性が高い。これを解決するために抜粋をプリントして配布、事前に読ませるという手段をとったとしても、やはり前述の問題点1に突き当たる。
 
 
3:今後の課題
 以上のような問題点を踏まえ、何より考えなければならないと思うのは、実際にプリントでの引用やレポートを課す際に、どのような教育的配慮や工夫が必要なのかという点である。活字離れが激しく、想像力に乏しい生徒が増えている現状、文学作品をそのまま生徒に提示したり読ませたりしても、あまり教育効果が挙がらない。この点に関して、先行研究では扱いが非常に小さく、文学作品の背景や基礎知識の説明に多くの頁が割かれ、授業中の具体的な活用や取り組みに関してはほとんど記述されていない。つまり作品を読ませるために、作品のどの部分を扱い、どのように生徒に提示し、どのように指示をするのか、そういった教材作成上の技術開発を考えねばならないと思う。そうでないと、文学作品と時代背景の関連といった、文学作品を通じた歴史理解の深化は難しいだろう。今後は以上の問題意識を踏まえたうえでの授業実践および試行錯誤を重ねていきたい。
 

参考文献

  1. 池田嘉朗他、『名著で読む世界史120』、山川出版社、2016年。
  2. 石井トク、『看護倫理学入門 文学作品を通して完成と問題解決能力を高める』、医歯薬出版、2012年。
  3. 猪木武徳、『文芸にあらわれた日本の近代 社会科学と文学のあいだ』、有斐閣、2004年。
  4. 河合武、「世界史教育の方法に文学作品をどのように使えるか--一つの実践報告」、『歴史教育 18(5)』1970年、67-82頁。
  5. 五味文彦、『文学で読む日本の歴史 戦国社会篇』、山川出版社、2017年。
  6. 佐高信、『文学で社会を読む』、岩波書店、2001年。
  7. 寺沢精哲、『文学作品で学ぶ世界史』、山川出版社、1985年。
  8. ノーマン・フォースター、『アメリカの姿 文学を通して見た』、金星堂、1967年。
  9. 星村平和、『文学作品を利用した世界史学習』、学事出版、1976年。
  10. 宮内正勝他、『文学作品で学ぶ日本史』、山川出版社、1986年。
  11. 向野正弘、「世界史教育へのアプローチ : 写実主義(リアリズム)視点から見た教材開発」、『総合歴史教育 (51)』2017年、107-118頁。
  12. 吉川幸男、「歴史教材研究の方法 (II) : 「ルネサンス」の歴史叙述の授業論的検討」、『教育実践総合センター研究紀要 5』、1993年、1-15頁。
  13. 吉田寅、「文学に現われた世界史  社会科特別教育活動の記録」、『研究紀要 2』、1964年、9-16頁。
  14. ロバート・H・ブレムナー、『社会福祉の歴史 文学を通してみた他者援助』、相川書房、2003年。